2008年10月13日

須田忠明選手【最後の頼りは・・・】

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レース後はむくみもなく、思ったより体のダメージは少なかったので、3日後の20日水曜日には皇居を1周ジョギングしたし、23日土曜日は棒ノ峰の高橋香さんのレリーフに献花し、完走と、そして何よりレースの無事の終了を報告した。

レース前の8月3日に最後のトレーニングを行ったのもここで、無事故と皆の完走を祈念していた。レースは終わったが、自分の中ではここへ来なければTJARは完結しないと思っていた。

レース直前の1週間は全国的に天気が不安定で、雷雨が多く心配していたが、馬場島までの道は流れ星付きの星空で迎えてくれた。今回ほど天候に恵まれたこともないだろう。その結果が高い完走率につながったことは間違いない。天からレースを見守る高橋さんが、雷雲を遠ざけたのかもしれない。非科学的ではあるが、そんなふうに思うほうが自分は好きだ。

人には、三つの生があると聞いたことがある。
残念ながら、彼の肉体は既にこの世にはない。
私も生前の面識はないが、記録などを読み、大いに参考にさせてもらった。TJARが続く限り、記憶の中で彼は生き続けることだろう。前回大会で有力選手が次々にリタイアしていく中、一人でルートを探し、闇夜の孤独にも耐えて完走したという点では、出場者の増えた今回とは値打が違うと思うのは私だけだろうか?2004年大会でリタイアした後、入念な準備と試走のもとに2006年大会を完走した、彼の精神というか想いみたいなものは、今後も生き続けてもらいたいと思う。

冒頭に体のダメージはないと書いたが、レース翌日の18日にザックを背負ったまま献血に行ったところ、肝機能低下によりALTに異常値が出て献血できなかった。標準が5〜45IU/Lで、私は通常30くらいなのだが、その時の値が62.1と献血出来る基準の60をわずかにオーバーしていた。急激に太った場合や脂肪肝の時に高くなる数値であり、私の場合は筋肉が壊れた際の酵素が血中に出て高くなったようだ。足や筋肉は異常なかったが、1週間くらいは内臓が疲れていた感覚があったので、人それぞれいろいろな所にダメージを負っているのだろう。

ザックのストラップやシャツのタグを切り取るなどして涙ぐましい軽量化をしたのだが、最後にお守り(10g)を装備に加えた。飯能の子の権現のものを持ったのだが、さすが足腰の神様と言われるだけあり、効果は絶大であった。
実力のないものは、最後は神仏が頼りだ。
posted by TJAR at 11:06| Comment(0) | 須田忠明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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